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えせバックパッカーの旅日記
アドリア海の風に吹かれて(2)

ローマからバーリへ

ローマ・テルミニ駅前の安ホテルで1泊。翌7月29日、 朝食後、ホテルをチェックアウトし、荷物をホテルに預け、 テルミニ駅でバーリ行きの列車の切符を購入した。 13時38分発、18時15分着。1本後の列車でも、23時59分発のフェリーにはゆうゆう間に合いそうなのだが、安全策をとった。

テルミニ駅のすぐそばにあるサンタ・マリア・
デイ・アンジェリ教会は無骨な外見だが
内部はこんなに素敵
本来なら、ローマにいるうちにバーリからのフェリーのチケットを購入しておきたいところなのだが、今日は土曜日。イタリアの会社が土曜日にやっているはずがない。

このことに気づいたのは、航空券を手配した後だった。正直、「しまった」と思った。でも、フェリーというのは、最悪の状況---キャビンも椅子席も取れなくて、床に寝なくてはならないという状況---さえ覚悟していれば、当日にいきなり行っても、まず間違いなく乗れるものなのだし、第一、高いキャビンは案外空いているもので、当日でもまず間違いなく取れるはず。そう自らに言い聞かせ、フェリーのチケットはバーリで購入することにしたのだった。

午前中は、それまで行ったことがなかった近場のスポットをさくっと観光。駅のselfで昼食をとり、駅の地下のスーパーで食料を買い込み、これからに備える。

ホームに入ってきた列車は、ユーロスターだった。ということは予約必須・全席指定である。駅構内に掲示してある時刻表に"ES"と書いてあったことを思い出す。あれを見たのに気づかなかったのは大マヌケだ。そして、切符を買ったときに「予約はここではできないから、乗車した後でしてくれ」と、意味不明のことを言われたのは、こういうわけだったのだ。

とにかく、私には座席は無いのだった。私同様、予約していないバックパッカーたちが押しくらまんじゅうしている車両連結部に行き、なんとかスペースを確保し、床に座った。

列車は30分遅れで発車した。そして、遅れはどんどんひどくなるようだった。途中下車した人のあとに座れたのは、発車してから4時間以上たってから。すっかりお尻が痛くなっていた。

バーリには定刻よりも1時間遅れて到着した。駅前のバス乗り場で、乗車券売り場を見つけ、乗車券を買い、ついでに、港行きは何番かと尋ねると、言葉と身振りで「20/」と教えてくれた。「/」の記号が重要らしい。ほどなく「20/」が来ると、そのへんにいた人々は一斉に動いた。 みんな目的地は同じなのだ。バスに乗ると、ほんの5分ほどで港のフェリー乗り場に着いた。


バーリのフェリーターミナル

バスを降り、人々の後についていくと、フェリーのターミナルの建物があった。そして、そこには黒山の人だかりがしていた。中に入れないらしい。いったい何事だろう? とにかく、その人だかりの後ろにつき、ひたすら待つ。

私の隣りにはアメリカ人の男性バックパッカーがいて、そばの人に「何があったのか?」と訊いていた。すると、背の高い男性が答えた。
「チケットが無いんだ。今日の分も、明日の分も」
私はぞっとした。フェリーに乗れなかったら、ここで寝るのか? この建物の外で? それとも鉄道駅に戻ったほうがいいのか? 寝袋なんか持ってきてないのに。この、イタリアでもあまり治安が良くないと言われているバーリで野宿だなんて。
ほどなく、そのアメリカ人パッカーは、連れの男性に「おい、ちょっと」と声をかけ、2人していなくなった。
あららら・・・ほんとうに今日は乗れないのだろうか・・・? 

中に入れない
押し合いへし合いしているうちに、隣りにフランス人女性が来た。「いったいどういうことなのですか?」と彼女に訊くと、「何が何だかわからないけれど、とにかく待っているんです」
私は彼女に倣うことにした。イタリアのすぐ隣りのフランスの人のほうが、アメリカ人よりもイタリアの流儀に慣れているはずだから。

ひたすら待った。
ときどき、業を煮やした人々が、ドアをがんがんと叩き、騒然となる。下手をすると暴動が起きそうな雰囲気である。

しばらくして、ようやく入口のドアが開いた。
係員が出てきて
「アルバニア行きのチケットは無いから、アルバニアに行く人は入ってはいけない。クロアチアとモンテネグロに行く人だけ入れ」
と言う。
フェリーのチケットが売り切れるなんてことがあるのか!!
それにしても、そういうことなら、せめて状況説明を紙に書いて、ドアに貼るくらいのことをすればいいのに。

建物の中が混乱することを避けるためか、私の目の前でドアが再び閉められた。また何十分か待たされ、再びドアが開き、ようやく建物に入る。今度は窓口にたどり着くまで、また延々と待たされる。 それほど長い列でもないのに。
何にそんなに時間がかかるのかと思って、カウンター内を見ていると、窓口担当者の手際がえらく悪いのだ。しょっちゅう席を立ち、何かを取りに行ったりする。仕事にとりかかる前には、段取りを考えて、準備しておくものなのよ!
「客1人につき、少なくとも5分はかかってるわね」
後ろの方で、誰かが言っているのが聞こえる。
ほんとうに、そんな感じだ。

ようやく私の順番になった。
「まだチケットを買っていないのですが、ここで買えますか?」
「あなた1人ですか?」
「はい」
「車は?」
「ありません」
「なら大丈夫です」
ということになった。さらに、「キャビンとデッキ、どちらがいいですか?」
キャビンの料金は102ユーロだという。高い! 
私はほんの一瞬、ためらったが、すぐにこう答えた。
「キャビンにします」
だって、もう無理が効かない年なのよ。このぐらいの贅沢はしなくちゃ。。
やれ嬉しや、これでフェリーに乗れると思って、クレジットカードを出すと、「ここはキャッシュでないとダメです。ATMに行ってきてください」
があああああん!
ショックに打ちひしがれながら、外に出て、教えてもらったATMに行き、ユーロを手に入れ、再びドアが開くのを待つ。 そして、中に入り、再びカウンター前の列の後ろに着く。 私の2人前の人は、ツアーの添乗員らしく、何十人分かの書類を手にしていた。あーあ、ついてないなあ。

ようやく(「ようやく」はこれで何回目だろうか?)チケットを手にし、 建物の外に出る。入場規制をしている係のおじさんに、チケットを見せると、腕を大きく回して「あっちだ」
それに従って歩いていくと、フェリーのターミナルからどんどん遠ざかるばかりで、肝腎のフェリーは一向に見えてこない。警備にあたっているらしき男性に「クロアチア、フェリー?」と尋ねると、さっきのおじさんと全く逆の方向を指した。 ええっと思いながら、そちらに歩いていっても、フェリーは見えてこない。 ターミナルの建物に戻り、さっきのおじさんに再び尋ねると、「だからあっちだ」と、さっきと同じ身振りをする。
でも、その身振りに従っていくと、やっぱり何も無いのである。

再び引き返すと、ターミナルの建物のすぐ脇に通路らしきものがあり、人々が列を作っているのが見えた。
もしかして、これなの? 
そう、それだったのである。
これだったら、あんなに大きく腕を振り回すことはないじゃないの。

イタリアおやじはジェスチャーが大きすぎる。

そこに並んでみると、通路の真ん中には柵が設けられていた。 どういう区別をしているのだろう? 不安に駆られつつ、ほんの少しずつ進み、ようやくドアのそばまでたどり着く。 またしても、私のすぐ前でドアが閉められた。
「どうして入れないのか」と尋ねる人に対し、係員は「中に入っても、最後尾がすぐそこで、進めないのですから」と答えている。
再びドアが開いた。今度は柵の向こう側の人たちだけ、入れてもらえるのである。通路を柵で仕切ってあるのは、柵の右、次は柵の左、と交互に人を誘導するためらしいが、どう考えてもこれは良い方法ではない。いたずらに不安を煽るだけだ。

2人用キャビン。天国のように思えた。
そして、ついに建物に入れた。 ここは出国審査だった。 すんなり通り、建物の反対側に出ると、モンテネグロ行きのフェリーが見えた。クロアチア行きはどこ? きっと先に行けばあるのだろう。他に考えようが無いから。でも、暗い埠頭を歩くのは心細いものだ。せめて、「クロアチア行きはこちら→」という立て看の1つぐらいあってもいいじゃないの。

案の定、クロアチア行きフェリーはずっと先にあった。
無事、フェリーに乗り込み、自分のキャビンにたどり着いたときには、11時40分、港に着いてから4時間たっていた。へとへとだった。シャワーを浴び、人心地ついてから、ローマで買ってきたサンドイッチを手に取ったが、ほとんど食べられなかった。私は二段ベッドの下段に倒れ込んだ。

うとうととしかけたとき、キャビンのドアを開ける気配がした。 2人用キャビンを独り占めできたのかと思い込んでいたのだが、そうではなかったのだ。飛び起きて、そこら中に広げっぱなしの荷物をまとめ、相手の顔すらろくに見ずに、「グッドナイト」と言い、再びベッドに崩れ落ちた。

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