・・**おことわり**・・ この旅行記、アニメのムーミンのファンの方はお読みにならないほうがいい と思います。お読みになって気を悪くなさっても、当方は責任を持ちません ので、あしからず。 |
![]() 長すぎる前置きフィンランドという国に行くことになった。 でもフィンランドで何をする?冬ならオーロラを見て、サンタクロースに会うというのが常道のようだ。でも私が行くのは夏なのだ。さあ、いったいどうする。 そこで思いついたのが「ムーミン」である。 トーヴェ・ヤンソン女史が生んだ愛らしいムーミン・トロールは、日本でアニメ化されたこともあり、 非常に有名で熱狂的なファンが多いが、 私はアニメ化された頃、すでにいいトシだったので、見たことがない。 (もちろんムーミンがどのような姿かたちをしているかは知っている。) そんな私にとって、 普段小難しい歴史の本ばかり読んでいる友人が、 実はムーミン大好き人間だったのは大きな驚きだった。 今まで接するチャンスが無かったけれど、ここは一つ、真面目に取り組んでみてもいいのではないか・・・。 そう考え、ムーミンの原作を手に取ったのだった。 (さすがにアニメの方はパス。) 読み始めて驚いた。 これは何だ? 何なんだ?
♪ねえムーミン、お願いだから毎晩海馬なんか待ち続けないで。ましてやモランのことも内心待ち焦がれるなんて、正気の沙汰ではないわ。(第一、♪ねえモラン、お前は何かの象徴なの?冬の寒さ?それとも近隣の大国?
)あああ、北の最果ての海というのは、これほどまで人の心(ムーミンは人じゃないんだけれどね)狂わせるものなのね。。。 時には他の本に浮気しつつも、 最後の「ムーミン谷の11月」にたどりついた私は、またしても驚かされた。なんとこの作品にはムーミン一家が出てこないのだ。 そんな手があるなんて・・・参った。やられたぜ。それにしても、 彼らを待ち焦がれる仲間たちの人間模様(人間じゃないんだけどね。しつこいようだけど)だけで1冊読ませるトーヴェ・ヤンソンの筆力に脱帽! 子供のころに読んでいたらこれほどの衝撃は受けなかったかもしれない。 いや、子供のころに読んでいたら、たぶんあまり好きにはなれなかっただろう。この年になるまで読まずにとっておいて良かったような気がする。 大人のオタク心をこれほどくすぐる児童文学作品というのは珍しい。 |
![]() ムーミン・ワールドにてこんな感慨を抱きつつ、私はヘルシンキ発トゥルク行きの列車に乗り、 トゥルクからバスでナーンタリへ向かった。 けっこう遠い。交通費が高いフィンランドでナーンタリ日帰りというのは我ながら物好きなことである。 ![]() ナーンタリのバスターミナルから歩くこと約10分。私の目の前にはムーミン・ワールドの島があった。吹く風は8月とはいえ心持ち冷たい。 島へ渡ると道は二手に分かれた。右手を行くと冒険島への船着場、めざすムーミン・ワールドは左の道。少し行くと入り口があり、ここで入場料80マルカ(高い!)を払う。 予想したとおり、周囲はフィンランドやスウェーデンの子供連ればかり。 覚悟はしていたけれど、東洋人の女一人というのは我ながら場違いだ。 でも日本人の大人もちらほらいる。それも予想通りと言えば言える。 ほどなくムーミンの家が見えてきた。 子供たちが着ぐるみのムーミンたちにたかっているのを横目に 中に入る。「内部もきちんと作りこまれている」とガイドブックにあったが、まあ、そうなんだろう。 でも、ご先祖様がいるストーブはどこなの? 中に鏡が張られている洋服ダンスは? そういう重要アイテムが無いじゃないの。でも窓枠が二重になっていることには感心かつ納得。ここは北の国。冬になったら松の葉っぱを食べて冬眠して過ごすほどなんだから、しっかり断熱しなくちゃならないのだ。 でも実のところ、ムーミンの家はどうでもよかったのである。 ![]() というのは、私のお目当ては、ムーミンの家ではなくて、フィリフヨンカの家だったからだ。あのキリキリ神経過敏なキャラが、なぜか私のお気に入り。(とは言っても、絶対に友達にはしたくないタイプなんだけどね。) 出発前、 ムーミン・ワールドの公式サイトを見て、そのフィリフヨンカ家が最近(2001年現在) 完成したらしいということを知って以来、それがどんなふうに作りこまれているのか、興味津々だった。なにしろ、あの家事好きなフィリフヨンカの家である。これは楽しみだ。 というわけで、ムーミンの家をざっと見た私は先を急いだ。 なぜか陸の上に置いてあって海に浮かんでいないムーミン・パパの船を一瞥し、 坂を登る。フィリフヨンカの家はすぐそこだ。 ところがそこにあったのは、いかにも子供だましの小さな家。 ただ小さいだけではない。問題は屋根である。フィリフヨンカは 屋根裏部屋の窓ガラスを拭こうとして外に出て締め出され、屋根の上で死ぬほど怖い思いをしたのだ。 屋根裏部屋が無い家をフィリフヨンカの家と呼ぶなんて・・・。これは納得できない。 ![]() そもそも、この島全体がムーミン・ワールドでないこと自体、私は不満だった。 予想に反して、ムーミン・ワールドは島の左半分だけに押し込められていて、 かなり狭苦しいのである。そのくせ、島の右半分にはあまり何もなくて、船着場までの道があるだけ。そこからは、「冒険島」という、どうもムーミンにはあまり関係の無さそうな別のテーマパークに行く船が出ているらしい。でも、どうして「冒険島」なんだろう? もう一つ島があるのなら、それは当然「ムーミン・パパ海へ行く」でムーミン一家が移住した、あの島でなければならないし、そこにはぽつんと灯台が建っていなくてはいけない。もちろん そこに行く船がムーミン・パパの船でなければならないのは言うまでもない。 つくづく思うに(というか、行く前からある程度は予想していたことなのだが)、 このテーマパークは、 原作のムーミンを愛する人々のためというより、 アニメのムーミンに親しんだことのある「もと子供」たち、及び現在進行形の子供たちのためのものなのだ。 児童文学作品は アニメ化されることによって 格段の知名度を得るし、 登場する主要キャラクターの認知度もぐんと上がる。 でも、ややもするとキャラクターだけが一人歩きする結果となり、 原作の「精神」あるいは「魂」のようなものは 忘れ去られることになるのではないか。 にわかムーミン読者に過ぎない私がこんなことを言うのは おこがましい限りなのだが・・・。 ![]() と、ここまでムーミン・ワールドの悪口ばかり書き連ねてきたが、歩いているときにどこからともなくムーミン・パパがぬっと現れてきて「やあ」と挨拶し、握手してくれたときは、正直なところ、けっこう嬉しかったのである。 そして、冬になるとうち捨てられるという「水浴び場」、そのそばの猫の額ほどの浜辺に打ち寄せるさざなみを目にし、あまりにも早い秋の訪れを告げるひそやかな波音を耳にしたとき、私の心はビリビリと打ち震えた。 ああ、これだったんだわ。。。このうら寂しい北の海こそがムーミンの世界なのだ。私がここに来たのはこれを発見するためだったのだ。 短い夏を終わろうとしているムーミン・ワールドをあとにするとき、 私は確かに小さな宝物を手にしていた。 (2001年8月) |